同居は子どもにはいいけど夫婦にはイマイチ説

結婚してすぐに夫の母と同居スタート。それからもう20年がたった今、同居について思うことを書いています。

息子への思い

同居して痛感するのが、母親はいつまで経っても母親であるということ。

 

義母の夫に対する思いは、夫が50を越えても、義母が80を越えても変わらないのだと思う。

 

つまり、いつまでたっても「可愛い」のだ。

 

そりゃーそうですよね。

 

ところで以前、同居し初めの頃、義母にとって夫は可愛い息子なんだ、と思った出来事がある。

 

ある日、朝起きると、夫が「熱がある」と。

そして会社を休むという。

 

そして私に「会社に電話して」と言う。

 

ん?

そんなもの自分ですれば?

 

…と思った私は、「自分で電話すれば?」と言った。

 

すると近くにいた義母が、

「そのくらい、してあげたらいいのに?」

 

…と。

 

(えーーーっ?!会社休む連絡って、妻がするものなのっ??!!)

 

驚いた私がその時なんと義母に答えたかは覚えていないけれども、確か結局、夫が自分で電話していたかな…。

 

高熱や咳がひどいとかで電話が出来ない状態ならともかく、そうでなければ会社に欠席の連絡をするって、自分ですればいいんじゃないの??

私、優しくないのかな??

 

そっかー。

お義母さんからしたら、そういうものなんだね…。

 

もう、20年以上経つけれど、忘れられない出来事のひとつ。

 


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黒電話って可愛い…。

 



 

 

感謝していること

ここのブログに書きたかったのは、愚痴もあるけど、
義母への感謝の思い。

子どもたちへの良い影響は計り知れない。

まず、子どもたちが保育園の頃。
仕事帰りに私が迎えに行って、家に帰ると、ご飯を作って待っていてくれた。
夕食作りが途中であっても、私と子どもたちとのおしゃべりタイムを優先してくれて、手伝わなくていい、というスタンスでいてくれた。

少しでも具合が悪かったら、保育園を休ませることが出来たし、病後も十分に治ってから行かせることが出来た。

小学生の頃。
「ただいま~」と帰ってきて、家に誰かいるというのがまずありがたい。登校時のご近所との関わりも全てやってくれた。雑巾を縫ったり、綻んだズボンも直したりしてくれた。忘れ物があったら届けたり、熱が出たら学校へ迎えに行ったりもしてくれた。
だけど私が家にいる時は、私と子どもたちとの時間をできるだけ多くとってくれた。私を立ててくれた。子どもたちが学校の話をする時は、「ママに」一番に話す…という感じにしてくれた。

子どもたちも大きくなり、手がかかる時代は過ぎた今、「お年寄りを大切にする」人に成長してくれた。

もう、80歳も超えているのに、今も平日は毎日夕食作りをしてくれる。ゴミ出しも、掃除も…。

私が仕事で疲れているだろうと、休日の朝は遅くていいし、洗濯だって気にせず好きな時間にやらせてもらっている…。

子どもたちのみならず、私も受けた恩恵は大きい。


本当に感謝している…。

↓義母が大切に育てている花
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お寺さんとのこと

我が家では、結婚して少ししてから同居が始まった。

夫の父親が他界したからだ。


義父は息子の結婚がとっても嬉しかったようで、結婚式の後、親戚がつくってくれたたくさんの写真とビデオを、毎晩のように何度も何度も見ては嬉しそうにしていたそうだ。

 

義母を1人にはしておけないということもあり、関西から関東へ義母をよんで同居が始まった。

 

義母は元々、他の宗教に入っていたが、同居と転居を機に、一般的な仏教のお寺さんを探し、気に入ったところを見つけ、それ以来20年ほどお世話になっている。


そしてお寺が行っている介護サービスにボランティアスタッフとしてずっと食事を作るお手伝いなどに通っている。


義母のそういうところは本当に尊敬する。


お寺さんとの関わりをとても大切にしている。


同居し始めの頃は、義父が亡くなってから間もないこともあり、毎月、月命日にお寺さんに家に来ていただいてお経をあげていただいていた。


私はそれを、正直に言うと嫌がっていて、何度か、居留守を使って2階にこもっていることもあった。


今思うと、本当に失礼なことだ。


大切な人を亡くした時、宗教が心の支えになるだろう。


しかも知らない土地に住み始め、友だちもいなく、話せるのは家族くらい…

そんな状態なのに、お寺さんが来ることを嫁に嫌がられ……。


酷いことをしたな…。



私も年齢を重ね、今ではお経をあげるのも、お寺に行くのも、抵抗はない。


でも若い頃は、結婚したからといって、宗教的な儀式を強要させられるのはいやだー、などという気持ちがあって、反抗していた。


本当に嫌な態度をとっていたと思う。




↓義母は鰻が大好き。とても喜んでたくさん食べていた。嬉しいな。

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二世帯住宅じゃなくてもいい

我が家は同居といってもほんとーーのただの普通の住宅。

玄関だって1つ。台所やお風呂も1つ。

 

しかも4LDKのごく一般的なお家。いや、一般的より小さいかも。地方のおうちはもっと大きいもんね。

 

同居した最初の頃はほんとーに、私が近いところにアパート借りて住もうかなと何度も考えた。

 

だって、そりゃ当たり前だけど、お互い気を使う。

 

特に台所まわり。

テーブルの上にお財布が置いてあるのも気になるし、台所の片付けの終わり方も気になる。お料理を盛り付けるお皿も「え?それ使うの?」だったり、買っておいたお野菜をどれを使って良くてどれがダメなのかもわからない。

 

コミュニケーションとればいいといっても、相手にいえば角が立つ。返ってきた返事にもプチッとする。

 

若い頃はそんな感じだったけど…

 

今は形ができた。

ご飯作るのはどちらか一人。もう1人はダラダラして良い。ご飯が出来てきたら、盛り付けとかテーブルの用意を手伝う。

洗い物は元気な方がする。(…義母がやってくれることの方が断然多いけど。)

野菜は私が適当に大量買いするので、義母は適当に使って料理をしてくれる。私は「あれ使っちゃったの?」とは言わないのがマナー。あるもので次作る。

テーブルの上には個人のものは置かない。

お皿はひとこと「このお皿でいいかな?」と聞く。

片付け方は気になることあるけど、片付けてもらってるんだから文句は絶対言わないと決めた。

 

そんな感じ。

 

今はコロナで家族5人が家にいて、3食作らなきゃならなくて…。

次、どっちが作るの…??…と、思うけど、どちらからともなく、「次作るねー」とか、「今夜はこれにしようかー。作るよー。」とか言葉が発せられる。食事の片付けは夫と子どもたちの分担をお昼に1度入れることになった。

 

…同居してるから、「離れている実家に帰省出来なくなって困った問題」、も無い。(私の実家はその問題がある。横浜⟷大阪なので。)

同居のメリットも沢山あるね。

 

 

子どもたちのお昼ご飯が。

コロナの影響で子どもたち2人がずっと家にいる状態。
スーパーでは、お昼に簡単に食べられる食品が売れているとのこと。

我が家では、82歳になる義母が、昼ごはんを作ってくれている。(私が働いているので平日の夜も…)

もー、ほんとにありがたい…。

ラーメンやパスタ、焼きそば、レトルトカレーなどのストックはしているけれどあまり減らない。
義母がご飯とおかずを作ってくれるからだ。

ほんとにありがたい…。

さすがにこの前、「週に一回でもいいから自分たちで作っておくれ」と言われ、大学2年の娘が作るようになったようだ。

でもほんとにありがたすぎる。

17回忌法要

明日は夫の祖母の17回忌法要。

 

こういう時、本当に義母は頼りになる。

100%お任せしてしまっている。

あ、食事会のお店は私が予約した。

食事会と言っても家族5人だが。

あと、のし袋に名前を書く担当。

 

のし袋の書き方は?

お布施の金額は?

お供えは?

 

などなど、ネットでも調べられるとはいえ義母がいる安心感はハンパない。

 

義母はもう20年ほどお寺に通っている。

同居が始まって、関西から関東へ来た時からのご縁だ。

夫を病気で亡くし、関西から関東へ、若い夫婦のところに同居に行くのは、どれだけ不安や寂しさがあっただろうかと思う。

 

(←………今、気づいた!

このブログを書きながら、そんな当時の義母の心境を推察したのはこれが初めてかもしれない…。当時私はそんなふうに義母の気持ちに寄り添ったことは無かった…。ひどいお嫁さんでしたね…。ブログを書くことによってそんなことに気づかされました…。)

 

法事って、お寺さんに拝んでもらうことに合わせて、そういった昔のことを思い出し、我が身を顧みるための機会なんですね。


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同居は子どもにはいいけど夫婦にはイマイチ説

個人的な見解ですが、「同居は子どもにはいいけど夫婦にはイマイチ」だと思います…。

アラフィフの今になっても…。

 

女の人は…と、ひとくくりにしてはいけないので…「私」は、気を利かせて「さすが!」「助かる!」と思われたいタイプ…。でもさ、家の中にそういうタイプが2人いるとさ、その位置は奪われてしまうんだよね…。義母に…。

 

単身赴任中の夫は週末に帰ってくるのだけど、肩こりがひどいタイプ。なので「肩がこった~」とつぶやくと、義母がすかさず揉んであげる。

 

…私だってやってあげたいのに。

 

他にも、子どもたちが「ママ、これどうすればいい?」と言ったようなことを聞いた時も、義母はすかさず「はいはい、それはこうよ。」と返事をする。子どもたちは「ママ」に聞いたのにな…。私は返事しようと開きかけた口を、空気だけ吐いて元に戻す。

 

たった今も、夫が「税金関係の手紙、届いてない?」と聞いてきたので「見てないよ」と答えたら、うしろからもう一度、「届いてないよ」と。

…念押しなの??

 

家のこと、「主導権争い」みたいになるのはイヤだから、私は口を噤む。その場から離れる。夫婦の会話は無くなる。家の中の相談、決め事は夫と義母でやればいい…となってくる。

 

子どもを育てる上では本当に有難い存在。フルタイムでしかも夜遅くまで働く私には、お義母さんがいなければ仕事を続けられなかったか、あるいは子どもたちをこんなにきちんと育てられなかった。手づくりのあたたかい料理、しかも冷凍食品無し、粉末だし無し。義母がいるから家に友達を呼んで遊べた。少し熱があるくらいでも学校を休ませることが出来た。学校から子どもが「ただいまー」と家に帰った時に「おかえりー。」と言ってくれる人がいる…。私自身は鍵っ子で育ったから、ほんとにそれは有難い。

とっても感謝している。

 

でも夫婦仲はどうなんだろう…。

私は若い頃、義母についての愚痴を夫にいろいろ言っていたけど、それは言ってはいけないことだと気づいてから、言わないようにしている。女友達にも。

自分の親の悪口を聞かされる、人に言われる…のは嫌ですよね。

だから言わない。

 

夫との間に、「解消できない不満」が溜まっていく。最初の頃はなんでも言い合って解決してきたけど、解決できないこともある。「なんでも言い合える仲」ではなくなっていく。

 

もうひとつ。

 

いくつになっても夫は義母に甘え、義母は夫を可愛がる。「マザコン」ってヤダなって思った時期もあったけど、アラフィフになって息子が大きくなってくると、義母の感覚も分かるようになってきた。我が子って、息子って、本当に「可愛い」。私は、義母にとっては可愛い我が子を取られた相手…なのだ。「そんな、もう、いい歳になっても?」と思う人もいるかもしれないが、そうなのだ。そして夫は母親を大事にしたい。それはとってもいいことだし当たり前のことなのだ。私の息子にも親を大事にする大人になってもらいたい。だからそうであってよいのだ。

 

だから私は何も言えない…。

 

「認めてもらえない」不満なのかな…。

 

「ママ」はいなくても家のことはなんの問題もない状態。

 

うーーーーーーーむ。

 

これが私が望んだ「生き方」だったのかなぁ。

確かに仕事は充実していた。

ダブルインカムなので家計もそこそこうるおっている。

2人の子どもたちにも恵まれた。

 

あと数年~数十年後…。

子どもたちが私の元を離れ、義母も亡くなったあと、夫婦2人になった時、お互いの心の中がどうなっているのか…。

若い頃の恋愛気分に戻れるとは到底思えないし…。

 

ハテナハテナです…。